2005年04月03日

遠い記憶-2005年1月8日 トヨタTF105発表

2002年3月3日
アルバート・パーク・サーキット(オーストラリア メルボルン)
外気温19度、路面温度23度
午後2時3分 2002年F1グランプリ開幕
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スタート直後の第1コーナーでR.バリチェロ(フェラーリ)とR.シューマッハ(BMWウィリアムズ)2台のクラッシュに誘発されるように、後続グループでも多重クラッシュ。出場22台中9台が戦列を去る中、予選14番手からF1復帰のミカ・サロは、辛うじて難を逃れ、9周目にレースが再開されると11位から追い上げを開始。
25周目に9位、29周目に8位と躍進をはたし、レースも終盤となった40周目には、遂に6位へと進出。無念にも痛恨のスピンにより、惜しくも5位躍進は逃したが、見事パナソニック・トヨタ・レーシングを初出場初入賞へと導いた。

トヨタ自動車(株)会長 奥田碩のコメント:
「初戦でこのような入賞が出来て、大変感激している。支援をいただいた多くの皆様に改めて感謝したい。幸運にも恵まれた入賞だと思っており、兜の緒を締め今後に臨みたい」
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<決勝>
天候: 曇り 気温: 19℃
路面温度: 23℃ 湿度: 67%

M.サロ: 6位 1時間44分23秒3 56周完走 シャシー:TF102/04
A.マクニッシュ: 16位 1アクシデント 0周 シャシー:TF102/05
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栄光はすぐそこにあると思った

あれから3年が経った。
以降、ボクの中のF1の記憶は途切れ始める。。。

2002年
第3戦ブラジルGPでのポイント獲得
第17戦日本GPでの琢磨コール

2003年
クリスチアーノ・ダ・マッタへの熱い思い
第17戦日本GPで琢磨の後塵を拝したこと

2004年
第16戦上海GP開催

2万回転を誇るエンジンと慢性的なダウンフォース不足のシャーシというアンバランスなパッケージは、この3シーズン解消されなったと言っていい。
F1というスポーツはあらゆる面(マシン・ドライバー・チーム・・・)の熟成を要する・・・
このことは、F1を知れば知るほど身にしみてわかったことではあるが、受け入れがたい現実でもあった。

2005年1月8日
パナソニック・トヨタ・レーシングは、スペイン・バルセロナで新型「トヨタTF105」 を発表した

昨年7月からTF104Bの開発を断念してまで仕上げた、そして、マイク・ガスコインが「創った」パッケージだ。
ヤルノ・トゥルーリ、ラルフ・シューマッハというトップレベルのドライバーを迎え、昨年のドライバーであるオリビエ・パニス、リカルド・ゾンタをリザーブに回すという最高の陣容で迎える2005年。

もう空力不足なんて言い訳は聞き飽きた
紳士的なコメントも必要ない
とにかく0.1secでも早く走れ!
ポディウムに昇る姿を見せてくれ!
そんときボクはあなた達と一緒に絶対泣く!


記者会見でR.シューマッハはこう語った。
「パナソニック・トヨタ・レーシングは、まだ若く、有望なチームであり、可能性を秘めているので加わった。エンジンとシャシーを同じ工場で組み上げるということも、また重要なことであり、チームに初めて接した時の、本当にプロフェッショナルな彼らの仕事ぶりには、驚かされた。
私の個人的な2005年シーズンの目標は、コンストラクターズ・チャンピオンのトップ5にチームを導くことだ。そして、2006年、2007年へと成功への道を学び続けなければならない。その時、我々の真の成功がやってくる

最高の期待をもって、3月6日アルバート・パークを待ちたいと思う車(セダン)
posted by KinG at 14:59| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | F | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 奥田碩
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Tracked: 2005-04-20 16:06
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